2010年7月15日に利用開始
こんにちは、風変りな電気屋 です。
『煙突山 Webカメラ』をご覧いただき有難うございます。
四国は愛媛県新居浜市から
もっともっと!
新居浜のシンボル産業遺産『煙突山』をクローズアップの思いと
昔、新居浜で生活された方、郷里を離れて生活されている方々に
今日現在の煙突山をご覧になっていただく為に
スティッカムさんから、煙突山 Webカメラを発信しています。
何故!風変りな電気屋
新居浜市の山の麓「煙突山」の西側600mに住み
煙突山をライトアップする変な電気屋なのでこんな名前にしました。(笑)
ライトアップ照射位置とWebカメラの位置は、同じ位置です。
煙突山歴
新居浜市は、住友の企業と共に発展した町といっても過言では無い地域です。
その企業のひとつ閉山された別子銅山 300年の足跡は、海抜約1300メートルの
別子山上から新居浜の臨海部を経て、沖合約20キロの四阪島に至るまで、
今も数多く残されています。これら別子銅山関連の近代化遺産群は、
わが国の産業革命が果たした役割を雄弁に物語る世界的なモニュメントです。
山根湿式製錬所は、明治19年(1886)に着工し、明治21年(1888)に生子山の斜面に
約60メートルの煙道を設け、山頂に約20メートルの赤煉瓦造りの煙突を立て、
現在の大山積神社のあたりに山根製錬所は完成しました。
しかし、明治28年(1895)に煙突から出る亜硫酸ガスが付近一帯の農作物に被害を
与えるという深刻な煙害問題が発生したことから、わずか7年で閉鎖されまた。
現在、建設以来120年余りの時を越え、数々の地震、風雨・風雪にさらされて
いるにもかかわらず、堂々と新居浜市の産業遺産のシンボル煙突が生子山の上に
遺跡として残っています。
山根湿式製錬所跡の煙突を市民は『煙突山』という愛称で呼んでいます。
新居浜市所有になり、貴重な産業遺産として、国の登録有形文化財になりました。
背後にある銅山峰周辺は、江戸元禄の時代から栄えた日本有数の銅鉱山で、
住友の発祥の礎になったところ
煙突山の麓には山根公園や別子銅山記念館があります。
屋外のカメラ映像は、自然に左右されます。
まちづくり活動を写真に撮り、
写真を通じて新居浜市の魅力・煙突山を伝えています。
地域コミュニティ再生に取組んでいます。
煙突山ライトアップin 新居浜 愛媛 (気まぐれ更新!)
画像ばかりで重いです。
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風変りな電気屋のひとりごと (気まぐれ更新!)
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