gansan @gansan_

登録日: 2007年11月22日
http://www.stickam.jp/images/ja/stickam88_31.gif "ライブ” 自作曲、マイローカル映像、マイ画像を gansan Japan で配信しています。 ”gansanの一言” シャバではシルバー、webでは青春・・・、今後ともよろしく。 パソコンを始めるきっかけは、健康のためタバコ、お酒を禁煙禁酒実行するために見返りとして趣味のひとつとして1987年から始めました、そのときの年齢は50歳、この当時はパソコンは今のように普及していなくて会社の事務用としてIBMパソコンが普及し始めていましたが、機械自体が大型冷蔵庫数台分のかさがあり、端末は机の上においていましたが、値段は数百万から数千万の時代でした。 今のような持ち歩きできるノートパソコン、携帯電話パソコン機能搭載夢のようです、1992年頃までペーパーパソコン(専門誌)で勉強を5年間やっていました、1993年頃、シャープからMSDの卓上パソコン購入、テキストのみで資料を保管する場合はカセットテープ使用していました。 1997年ごろNECのキャビンCb2(windows3.1)を19万で購入(その当時は非常に高価でした)、最初に作ったホームページがBIGLOBEの有料ページでした、それからパソコンの普及、技術が伴い年々よいものが低価格で手に入るようになり松下電器のレッツノート(windows95)、2002年頃、SONY VAIO(windows XP)、NEC Lavie (windoes XP)購入して作成したホームページを約750ページを"gansanホームページ総括"に編集しました。 泉州”だんじり”祭り、手に汗握る興奮! "”だんじり”ザ。激突" マイクロソフト第3世代Photosynth画像スゴイ!① "マイクロソフトの本気…第3世代Photosynthで撮影できる画像がとにかくスゴイ" マイクロソフト第3世代Photosynth画像スゴイ!② "マイクロソフトの本気…第3世代Photosynthで撮影できる画像がとにかくスゴイ" マイクロソフトが200億画素の360度パノラマ写真を公開中!③ "マイクロソフトが200億画素の360度パノラマ写真を公開中" ミニミニ自分史gansan 1936年(昭和11年)三男として和歌山市のかた田舎に誕生(正午に生まれる)。4才の時、生死を争そう大病にかかり寿命があったのか一命を取りとめました。その後小学校、中学校と進みその間小学2年生の時敗戦、食べることに両親が苦労していたことが思い出されます。 義務教育と高校教育がが終わり、大学進学するか就職か---、gansanは兄2人・弟1人・妹2人の3番目、上2人は大学生で下3人も中・小学生でした、父親は百姓しながら働きに行ってましたので学費に余裕はなく一日も早く働き親を助けなくては共倒れになりますのでgansanここで考えました。人生は教育ばかりではない、社会に出て技術を身に付け人に使われるのではなく、いつか独立して人を使う身になりたいと心に決めたのがgansanの人生の分岐点の基準になったような気がしております。 1955年(昭和30年)大阪泉大津市の毛織会社の染色課に就職、その間結婚、1970年(昭和45年)脱サラ、サラリーマンとして決まった給料をもらって10才を頭に3人の子供と妻を養うのに金銭的には問題はなかったのですがここで会社を起こすことに決断しました、失敗すれば人生は破滅---、誰にも負けない健康・技術・努力があれば必ず成功してみせる、西岡染工株式会社(資本金200万円)で開業。 会社経営時の思い---、私にとっては三苦、一喜(脱サラ、会社を起こす、会社を廃業の三つの苦しみ、一つの喜び)でした。この一喜は会社を理想の廃業に導いたときが私にとって最高の喜びでした。約20年間の会社経営で苦はあれど、喜はありませんでした、経営者は孤独に耐えることが条件の一つと思います。無邪気な子供のように一つのことに集中できる”心”が会社を起こす源になっていると思います。 資金はどうにでもなる?。一に努力、二に努力、三、四がなくて五に努力することで可能になりました。会社を起こす時期は景気の悪いときを選び経営者のお金に対する感性を養う、この時期に会社を起こされた経営者はなんとなく野性的に感じます。 私の経営哲学は、”限界に挑戦すること”が経営の”ガン”(良い意味での)と思っています。”限界”とは体力、知力、人脈のすべてを最大限に活用すること。”挑戦”とは限界のすべての活用を”努力、忍耐”によってプラスアルファ-を生みだすこと、プラスアルファ-で他の経営者との差をつけ、自我満足と次の挑戦へのエネルギ-となるのです。 以上の経営哲学は時代が変われども、変わることのないことを私は信じています。私は過去を振り返り自分の人生に曲がりなりにも”限界に挑戦”できた喜びを今かみ締めています、1990年55才でした。それから2000年迄、10年間泉大津の染工場に技術者として勤めました、2001年(平成13年)現在はシルバー会員に登録して軽職(アルバイト)行っています。現在最高の趣味はパソコンです、若者とのインターネット上での交流、ホームページを持ちWebに挑戦しております(2008年現在でパソコン暦14年)。 現役当時受賞した賞 科学技術庁長官国務大臣賞 大阪府知事賞 泉大津市市長賞 泉大津市商工会議所会頭賞 功労賞、等々。 2001.07.15 gansan(記) mixi会員 http://mixi.jp/show_friend.pl?id=15848996 2016年で80歳、これからも健康な限り頑張りたいと思っています。 2016年12月更新 記 gansan & mituzi Japan デジタルの資産も生前整理! 〇持ち主が亡くなると、デジタル遺品に…、 では、デジタル遺品の処理や相続はもちろんのこと、自分の身に万が一のことが起きたとき、家族が困らないように、また、自分の名誉が守られるようにするために、将来デジタル遺品となる自分のデジタル遺産をうまく生前処理する「デジタル終活」の方法も具体的に紹介しています。是非、ご一読ください。 〇スマートフォンに大切なデータがたくさん含まれている 今や日常生活に欠かせない存在となったスマートフォン。写真や動画を撮ったり、LINEなどのSNSや、メール、ショートメッセージを送ったり、Webや写真を見たり、ゲームをしたり、動画を見たりと、毎日さまざまな用途で使われています。 日々使われているスマートフォンには、その人の大切なデータがたくさん含まれています。たとえば、写真。行楽地の出かけて何の気なしに撮った家族や友人とのスナップが、後から見ればかけがえのない思い出の品となることは多々あります。あるいは、連絡先。最近は紙の手長ではなく、スマートフォンで連絡先を保管している人も多いでしょう。スマートフォンに入っているこれらの個人的なデータは、デジタルの資産であると言えます。 〇デジタルデータと情報端末はその人のデジタル資産 その人が持っているスマートフォンや携帯電話、パソコンなどの情報端末、その中に保存されているデジタルデータ、インターネット上にあるFacebookやLINE、ツイッターなどの情報、ネット銀行の預金など、その人に関する様々なデジタルデータ(情報)と情報端末は、すべてデジタルの資産と考えてよいでしょう。 〇デジタル資産の例 ① 情報端末そのもの スマートフォン、携帯電話、パソコンなど ② 情報端末に保存されているデータ 家族の写真、動画、連絡先、メモなど ③ インターネット上にあるデータ SNSの登録情報、書き込み、メッセージ、ブログ、ネット銀行の預金、など 〇持ち主が亡くなると、デジタル遺品に これらデジタル資産は、持ち主が亡くなったあと、デジタルの遺品(デジタル遺品)となります。しかし、そのままでは内容を確認することは出来ません。たとえば、家族の思い出の写真をスマートフォーンに撮りためていた場合、どうすればよいのでしょうか? まず、写真が保存されているスマートフォンの「ロックを解除する」という作業が必要になります。デジタル遺品は、通常の「モノ」のように物体としてあるわけでないので、保存されている入れ物を開けないと、中身は現れません。スマートフォンには通常、パスワードや指紋認証などでロックがかかっているので、持ち主以外の人が開けるのは非難の業です。開くことができないと、もはや思い出の写真を見ることはかないません。 パソコンなどにバックアップが取ってあれば、そちらを参考にすることができます。しかし、パソコンの中を見るためには、また別のパスワードが必要です。開くことができても、持ち主が使いやすいように最適化されているので、どこに何があるかがわかりにくく、欲しい写真が保存されている場所を探し出すのは意外に大変でる。写真のデータを探し出せなかった場合、家族にとっては、大切なものが失われてしまうことになります。逆に、パソコンの中から,故人が自分以外の人に知られなくなかった秘密のデータが見つかることもあるそうです。 以上、 2017.09.06 gansan & mituzi 記、