ゆめちー

@yumechee
2007年4月13日に利用開始
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春を思うと いつも思い出す光景があります。
あのときのことを もう一度載せておきます。

<お祝いの日>
私たちがお互いの誕生日やクリスマスや、何かのお祝いで贈りあうものといえば、本が多かった。
『道ありき』も『樅の木は残った』も『檸檬』もそんなふうな贈り物である。

それから、音楽の贈り物もあった。
私が学生だったときにはもちろんCDなどはなく、自分の好きな音楽を誰かに聞かせてあげるときにはカセットテープに録音して贈った。
一度、「誕生日に欲しいものはあるか」と尋ねられ、「あなたの好きな歌を集めたカセットテープが欲しい」と言ったことがある。
「何だか、わけのわからん小物の寄せ集めみたいなテープになったよ。音も良くないぞ」
と言いながら、その人はテープをくれた。
テープにはオフ・コースやさだまさしも入っていたが、全く知らない歌も入っていた。ナナ・ムスクーリ、ブレッドという名前を知ったのはそのときである。

当時はカセットテープのケースの中に曲名を書くカードのようなものが入っていて、そこにはその人の字でひとつひとつ歌手名と曲名が書かれてあった。小さく行儀よく並んでいるその文字を見ると、その人が私のためにつかってくれた時間こそが贈り物である気がした。
カードをよく見ると、ステレオというところにチェックが入っていて、その下に小さくカッコ書きで( on borrow )と書いてあった。
音も良くないぞ、と言った理由がわかって、思わず笑った。

私が大学を卒業した春、その人が、「円山公園の桜を見たことがあるか」と聞いた。「ない」と答えた。それなら、卒業のお祝いに、京都に桜を見に行こうということになった。
その人はまた新たな勉強のためにまだ大学に通うことになっていたが、春だということで心浮き立つものがあったのか、それとも自分はどうあれ私の卒業は祝ってあげたいと思ってくれたのか。
ともあれ、私に異存はない。
どこに行っても、見えるもの聞こえるものは、その人の姿であり、その人の声である。

どういうルートで歩いていたのか、もう覚えていない。
平安神宮、高台寺に行ったことは覚えているが、どこをどう回ってたどり着いたのか。
もう夕暮れに近かった。
はしゃぎ疲れ、歩き疲れ、それでもまだ話し足りない気がしてとりとめもなく話し続けていた私たちの前に、それは突然に現れた。
円山公園のしだれ桜であった。
ほうっとため息が出た。
観光客の喧騒をよそに、それは圧倒的な美しさと強さを持って存在していた。
五日先、十日先は知らない。でも今はこんなに絢爛豪華な花を咲かせているのだと誇らしげに語っているように思われた。
梶井基次郎が『桜の樹の下には』で書いたことは本当のことではないかと思わせる凄みのある美しさだった。

きれいね、という言葉は出なかったように思う。
ありがとう、と言ったことを覚えている。
お祝いに京都に連れて来てくれてありがとう、だったのか、こんなに美しいものを見せてくれてありがとう、だったのか、大学時代をずっと一緒にすごしてくれてありがとう、だったのか今となってはどれをとっても心もとない。

しばらく時を過ごしてから、暮れて寒くなった中を黙り込んだまま歩いて降りていった。どんなことを考えていたか、いくつも言える気はするけれども、それを今言えばこしらえごとになる気もする。
ただ、自分が今、きれいに見えているといいなと思った。
私は人目をひくほどのきれいな娘ではなかったが、与謝野晶子の歌の例もある。今宵会う人はみんなきれいに見えるのかもしれない。
並んで歩いているその人がほんの少しでも、きれいだな、と思ってくれることを願った。